東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)69号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証の一(本件出願の願書)によると、本願第一発明について、次の<1>ないし<4>の事実が認められる。
<1> 従来の吸収式冷暖房装置においては、冷房サイクル時に、高温発生器を出入りする溶液流量が多くなると効率が低下し、また、溶液流量が少なくなると濃度幅が大きくなつて結晶化のおそれがあるため、オリフイス、調節弁等の流量制御機構を設けて、結晶しないだけの流量を確保するとともに、効率低下を防ぐため、最大流量を制限していた。(本願明細書第五頁第八行ないし第六頁第三行)
一方、暖房サイクル時において、冷房容量と熱量的に等しい暖房を得ようとすると、高温発生器に加えられる熱源からの熱量は、冷房サイクル時の一・一ないし一・三倍になる。この場合、高温発生器に出入りする溶液の最大流量を冷房サイクル時とほぼ同じであるとすると、高温発生器内の濃度幅がつきすぎ、結晶化のおそれがあるため、冷房サイクル時の効率を犠牲にして溶液流量を暖房サイクル時に合わせて多めにしたり、あるいは別途冷媒タンクを設け、暖房サイクル時にその冷媒を用いて、サイクルの濃度を下げるようなことをしてきた。(同第六頁第五行ないし第七頁第六行)
<2> 本願第一発明は、このような暖房サイクル時の問題点を除去しようとするもので、(冷房サイクル時における適宜の溶液流量を用い、)暖房サイクル時に高温発生器に出入りする流量を増加させることにより、溶液の結晶化現象を皆無として、安全に運転することを可能とするとともに、冷房サイクル時及び暖房サイクル時において効率の向上をも図ることのできる吸収式冷暖房装置を提供することを目的とする。(同第七頁第七行ないし第一三行)
<3> 本願第一発明の構成は、前記本願第一発明の要旨のとおりであるが、その特徴は、暖房サイクル時に、高温発生器に出入りする溶液を冷房サイクル時の溶液流量よりも多くするため、高温発生器の流入側の溶液配管路に、高温発生器の液面変動によつて作動するフロート弁を設けるとともに、高温発生器から流出して低温発生器又は低温熱交換器の加熱側に導かれる溶液配管に設けられる絞り装置をバイパスさせ、バイパスの溶液が高温発生器から吸収器に至る溶液系路に導かれるバイパス配管を備え、さらに、バイパス配管に流量調節弁を配備したことである。(同第七頁第一八行ないし第八頁第一〇行)
<4> 本願第一発明は、右構成を採用したことにより、暖房サイクル時に高温発生器に出入りする溶液流量を冷房サイクル時の溶液よりも多くするようにし、このことにより、高温発生器での溶液濃度幅を小さくし、結晶による支障を容易になくすことができ、高い効率で運転することを可能とし、また、冷房又は暖房運転を、簡単な機構で切り換えることができ、さらに、極めて安定した運転を確保でき、保守保安も楽で、取扱い上の不便がない等の作用効果を奏する。(同第一八頁第五行ないし第一九頁第六行)
2 第一引用例に、審決認定のとおりの二重効用吸収式冷暖房装置が記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によると、第一引用例記載の発明に関して、次の<1>、<2>の事実を認めることができる。
<1> 従来の吸収式冷暖房装置は、暖房サイクル時において、高圧再生器内で発生した比較的高温高圧の冷媒蒸気が直接凝縮器の管外側に流入し、高圧再生器内の圧力がそれほど高くならない構造であるところ、通常は、高圧再生器の液面と低圧再生器の液面との間において、ヘツド差(両液面の水頭差)を十分とり得ない構造となつているため、暖房サイクル時には、高圧再生器側と低圧再生器側との間の圧力差が小さくなり、所望の流量を得るには、高圧再生器内の液面が上昇し(すなわち、熱交換器などの流動抵抗が大きいため流量が減少し、その結果、液面が上昇する。)、これにより、吸収器4底部の吸収液量に不足を来し、循環不能に陥る場合があるという問題点があつた。(第一引用例第三頁左上欄第七行ないし第一九行)
<2> 第一引用例記載の発明は、この問題点を解決することを技術的課題とし、熱交換器25、26をバイパスさせて、高圧再生器21で濃縮した吸収液(溶液)を吸収器4に直接導くバイパス配管42、43を設け、このバイパス配管に、冷房サイクル時は閉じ、暖房サイクル時は開く冷暖切替弁41を設けたことにより、暖房サイクル時においては、高圧再生器21から流下した吸収液がバイパス配管42、切替弁41、バイパス配管43を通り、導管19に流入し、吸収器4に送られるというバイパス系路が形成されるため、高圧再生器21内の液面が上昇して吸収器4底部の吸収液量に不足を来し循環不能に陥るという不都合を防止できる作用効果を奏する。(第一引用例の特許請求の範囲の欄及び第三頁左上欄末行ないし右上欄第一四行)
3 ここで、第一引用例記載の発明において、熱交換器25、26をバイパスさせて、高圧再生器21で凝縮した吸収液を直接吸収器4に導くことのできるようなバイパス配管42、43、切替弁41を設けたことにより、暖房サイクル時において、高圧再生器21に出入りする溶液流量が冷房サイクル時の溶液流量よりも、増大するかどうかについて検討する。
まず、第一引用例記載の発明の冷房サイクル時において、高圧再生器に出入りする溶液量の流量規制はどのようにして行われているのかについてみるに、前掲甲第三号証によると、第一引用例の第二頁左下欄第一五行ないし第一八行に、「容量制御は冷水出口8の温度をサーモスタツト36で検出して、燃料調節弁37および液量調節弁38を連動して、加熱量を制御する方法などがとられる」と記載されていることが認められ、また、暖房サイクル時において高圧再生器に出入りする溶液量の流量規制についてみると、右甲第三号証によれば、第一引用例の第三頁左上欄第三行ないし第六行に、「容量制御は温水出口11の温度をサーモスタツト40で検出して、燃料調節弁37および液量調節弁38を連動して、加熱量を制御する方法などがとられる」と記載されていることが認められる。
この各記載によると、冷房サイクル時及び暖房サイクル時のいずれの場合でも、高圧再生器に出入りする溶液流量の規制は液量調節弁38によつて行われるものということができる。そして、液量調節弁38は高圧再生器21の流入側溶液配管に配設されているのであるから、高圧再生器21に出入りする溶液流量を、冷房サイクル時よりも暖房サイクル時に多くするのであれば、冷房サイクルの転換の際の説明では、この液量調節弁38の操作に言及されるはずであることは、原告主張のとおりである。ところが、前掲甲第三号証によると、第一引用例には、暖房サイクル時における高圧再生器の液面上昇及びその防止策についての説明においても、また、冷房サイクルから暖房サイクルへの切換えについてのその他の説明においても、液量調節弁38の操作について触れられていないことが認められる。
そして、暖房サイクル時において高圧再生器内に液面上昇が起こるのは、高圧再生器内の圧力が、冷房サイクル時より低いのが原因であることが自明であつて、冷房サイクル時と暖房サイクル時の圧力差に相当する分だけ液面が上昇するものということができる。したがつて、その液面を冷房サイクル時と同じ高さに保つためには、高圧再生器流出側において、その圧力差に相当する流路抵抗を取り除いてやればよく、第一引用例記載の発明の前記防止策がこの発想に基づくものであることは、前掲甲第三号証によつて認められる、第一引用例の次の記載、すなわち、「高圧再生器21内の圧力が低いにもかかわらず、抵抗の少ない系路を通り、しかも、液面の低い吸収器にほとんどの吸収液がバイパスして流れるので、高圧再生器液面高のような不都合は生じない」(第三頁右上欄第一〇行ないし第一四行)との記載から明らかである。
右にみたところを合わせ考えると、第一引用例記載の発明において高圧再生器に出入りする溶液流量は、冷房サイクル時と同じ量のものであることが前提とされているとみるべきであつて、第一引用例には、暖房サイクル時に、高圧再生器に出入りする溶液流量を、冷房サイクル時よりも増大させようとする作用は示されていないものと認めることができる。
4(1) 審決は、「(本願第一発明と第一引用例記載の発明とは、)高温発生器から流出する溶液の配管に設けられた流路抵抗となる装置(本願第一発明においては絞り装置、第一引用例記載のものにおいては熱交換器)をバイパスさせるバイパス配管を設けるとともに、該バイパス配管に流量調節弁(切換弁)を設け、暖房サイクル時には流量調節弁(切換弁)を開いて流路抵抗となる装置をバイパスさせることにより、高温発生器に出入りする溶液量を冷房時の溶液量よりも多くするという基本的構成において一致(する)」と認定している。
(2) しかしながら、右3でみたところによれば、本願第一発明におけるバイパス配管と、第一引用例記載の発明におけるバイパス配管とは、その設けられた目的及び機能を異にするものであつて、バイパス配管を設けたことの作用において相違するものというべきであるところ、審決はこの作用の相違を看過し、その結果、両発明におけるバイパス配管の構成が一致すると誤つて認定したというべきである。
すなわち、本願第一発明では、暖房サイクル時において、溶液の結晶現象が発生するのを防止することを目的として、暖房サイクル時に高温発生器に出入りする溶液流量を冷房サイクル時の溶液流量より多くするため、高温発生器の流入側の溶液配管路にフロート弁を設けるとともに、高温発生器から低温発生器などに導かれる溶液配管路の絞り装置をバイパスさせるバイパス配管を備えたものであること、前判示のとおりである。したがつて、右バイパス配管は、溶液の結晶現象の発生を防止することを目的として、フロート弁の機能とあいまつて、暖房サイクル時に高温発生器に出入りする溶液流量を冷房サイクル時より多くするという作用を呈するものである。
これに対し、第一引用例記載の発明では、暖房サイクル時に高圧再生器内の液面が上昇するのを防止することを目的として、高圧再生器から吸収器に導かれる系路にある熱交換器をバイパスさせて、高圧再生器で濃縮した吸収液(溶液)を吸収器に直接導くバイパス配管を設け、このバイパス配管に、冷房サイクル時は閉じ、暖房サイクル時は開く切換弁を設けたものであり、したがつて、このバイパス配管は、高圧再生器内の液面の上昇を防止することを目的とし、高圧再生器から吸収器に導かれる吸収液に対する流動抵抗(流路抵抗)を減少する機能を有する(その結果、高圧再生器の液面の上昇を防止する)が、高圧再生器に出入りする溶液流量を増大させる作用は呈しないものである。
(3) 被告は、流路抵抗の大きさ及びポンプ容量の大きさについて何も説明されていない場合、高温発生器1(高圧再生器21)への溶液の流入量の大小について論じることはできず、本願第一発明の場合の方が、第一引用例記載の発明よりも高温発生器1(高圧再生器21)への溶液の流入量を大きくできるとすべき根拠はないと主張する。
しかし、本願明細書に、流路抵抗の大きさ、ポンプ容量の大きさについて説明されていないからといつて、このことから直ちに、高温発生器への溶液の流入量の大小を論じることができないとはいえないのであり、むしろ、本願明細書の前記記載の全体からみると、本願第一発明においては、暖房サイクル時に、高温発生器に出入りする溶液流量を、冷房サイクル時よりも多くすることができる程度の大きさの流路抵抗及びポンプ容量を使用することが当然の前提とされているものと推認されるところである。
5(1) 前記本願第一発明の要旨によると、本願第一発明において、高温発生器の流入側に配設されるフロート弁、及び、流出側に設けられる絞り装置とそれをバイパスするバイパス配管が規定されている。そして、前掲甲第二号証の一によると、本願明細書の第一一頁第一六行ないし第二〇行に、「フロート弁12で高温発生器1の液面をほぼ一定に保つ形態でも例えばバイパス配管15の弁14を開とすることで高温発生器1に送り込まれる溶液量を冷房時より多くでき高温発生器1の溶液量を多くし」と記載されていることが認められる。この記載は、フロート弁の作用を直接に説明しているものではないし、他にフロート弁の作用を詳細に説明している本願明細書の記載もないことが、右甲第二号証の一によつて認められるが、前記1で判示したところ及びその他前に判示したところを本願明細書の右記載と総合してフロート弁の作用を考えると、本願第一発明の第1図(本判決別紙図面(1)参照)の実施例の場合、冷房サイクル時において絞り装置13で流出流量を制限されていた状態から、バイパス配管15の弁14を開いて高温発生器からの流出流量を増加させ、液面が下がると、フロート部12が下がつてフロート弁12が開き、この弁を通つて、高温発生器1へ流入する溶液流量が増加し、液面をほぼ一定に保つように流入し続け、したがつて、暖房サイクル時においては、高温発生器に出入りする溶液量は、冷房サイクル時の溶液流量よりも多くすることができるという作用を呈することが明らかである。フロート弁12は単に高温発生器1の液面をほぼ一定に保つ作用を呈するだけのものであるという被告の主張は理由がない。
(2) 審決は、本願第一発明と第一引用例記載の発明との間の相違点<3>について判断するに当たり、第二引用例に、高温発生器の流入側の溶液配管路に高温発生器の液面変動によつて作動するフロート弁を設けることが記載されていると認定している。しかし、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によると、第二引用例記載の発明においてフロート弁が配置されているのは、高温発生器ではなく分離胴4であること(なお、第二引用例の発明の詳細な説明には記載されていないが、第二引用例の図面(本判決別紙図面(3)参照)に第二再生器2の中のフロート弁が記載されているところ、第二再生器2は本願第一発明の低温発生器に相当するものであるから、このフロート弁を本願第一発明のフロート弁と対比させることはできない。)、また、このフロート弁は、暖房サイクル時には作用しないものであること(第二引用例の第二頁左欄末行ないし右欄第八行参照)、さらに、本願第一発明におけるように、暖房サイクル時において、高温発生器に出入りする溶液流量を、冷房サイクル時より多くする作用を呈することについての記載及び示唆は、第二引用例にないことが認められる。
したがつて、第二引用例に記載のフロート弁を第一引用例記載の発明における装置に当てはめて、本願第一発明におけるような作用を呈するフロート弁に想到することが容易であつたものとすることはできない。相違点<3>についてした審決の判断は誤りであるというべきである。
6 以上判示したところによると、審決は、本願第一発明と第一引用例記載の発明との間の一致点の認定を誤り、また、その間の相違点<3>についての判断を誤つたものであり、ひいて本願第一発明の進歩性を誤つて否定したものというべきであるから、違法であつて取り消されるべきである。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 高温発生器、低温発生器、凝縮器、蒸発器、吸収器、低温熱交換器、高温熱交換器を配管接続して吸収冷凍サイクルを構成する機構と、前記配管中に冷暖房切換機構とを備えて冷房サイクルと暖房サイクルを行う装置において、暖房サイクル時に前記高温発生器に出入りする溶液量を冷房時の溶液流量よりも多くするため高温発生器の流入側の溶液配管路に前記高温発生器の液面変動によつて作動されるフロート弁を設けるとともに、前記高温発生器から流出して低温発生器又は低温熱交換器加熱側に導かれる溶液配管と、この溶液配管に設けられた絞り装置と、該絞り装置をバイパスさせ、そのバイパス溶液が、高温発生器から低温発生器を経て吸収器に至る溶液系路に導かれるバイパス配管とを備え、さらに前記バイパス配管に流量調節弁を配備したことを特徴とする吸収式冷暖房装置(以下「本願第一発明」という。)。
2 高温発生器、低温発生器、凝縮器、蒸発器、吸収器、低温熱交換器、高温熱交換器を配管接続して吸収冷凍サイクルを構成する機構と、前記配管中に冷暖房切換機構とを備えて冷房サイクルと暖房サイクルを行う装置において、暖房サイクル時に前記高温発生器に出入りする溶液量を冷房時の溶液流量よりも多くするため流入側の溶液配管路に前記高温発生器の液面変動によつて作動されるフロート弁を設けるとともに、前記高温発生器から流出して低温発生器又は低温熱交換器加熱側に導かれる溶液配管と、この溶液配管に設けられた絞り装置と、該絞り装置をバイパスさせ、そのバイパス溶液が、高温発生器から低温発生器を経て吸収器に至る溶液系路に導かれるバイパス配管とを備え、さらに前記バイパス配管に流量調節弁を配備するとともに、前記バイパス配管のほかに更に暖房時に開けられる弁を設けた補助バイパス配管を前記フロート弁をバイパスさせて溶液送給配管にある絞り装置の前と、高温発生器又はこれに流入する溶液配管とに連結して設けたことを特徴とする吸収式冷暖房装置(以下「本願第二発明」という。)。(別紙図面(1)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(1)
<省略>
<省略>
別紙図面(2)
<省略>
別紙図面(3)
<省略>